病医院経営の今をお伝えするコラム
コンサルタントの視点から:「患者の暴力から医院を守ろう」
12月17日、大阪・北新地の雑居ビルに入居していた心療内科クリニックで放火殺人事件が発生し、男女25人が死亡するという痛ましい事件が起きた。警察は、この医院に通院していた患者で、現場から心肺停止の状態で病院に搬送された谷本盛雄容疑者(61)による犯行の疑いと発表した。亡くなった患者には、21歳の女性患者など、社会に復帰する夢を持った若い方が多く含まれていた。
歯科医院でもささいなことから恨みを抱かれてしまうことがある。2017年1月20日、岐阜県の「渕野歯科」で院長が患者に刺殺された。犯人は過剰に抜歯されたと思い込んだ患者で、院長は警察に相談したものの、もめ事は避けたいと警察の介入を避け、話し合いの場をもったところ患者に命を絶たれてしまった。私もクライアント医院で、患者からの「殺すぞ」という強迫電話を受けたことがある。予約が思い通りにとれないのが発端で、受付を「殺すぞ」と脅し、代った院長と私にも「殺すぞ」と脅してきたので、会話を録音して警察署に持ちこみ、警察からこの患者に電話をかけて、二度と来院しない約束をとっていただいた。他にも、いつも急患で来院する患者を2時間待たせたところ、暴言を吐いて治療を受けずに帰り、帰宅後に「仕返しにいくから覚えていろ!」と脅迫電話をかけてきた患者がいた。警察から本人に連絡してもらい、二度と医院に立ち入らない約束をさせた。
患者暴力を防ぐ対策は「入れない」「放置しない」「安全対策の実施」の3つである。
1)入れない:最も大切なのが問題患者を医院に入れないことである。対策として、3回無断キャンセルで以後の診療予約をお断わりすることをお勧めする。治療開始時に3回無断キャンセルをすると予約ができなくなることを説明すると、その場で帰る患者がでてくる。3度目の無断キャンセルで患者に手紙を郵送し、以後の予約をお断わりする。
また、診療内容以外の「予約が取れない」「スタッフの対応が悪い」など、診療内容そのものと関係ないクレームを執拗に繰り返す患者に対しても、予約をお断りする。当然ながら、暴言や暴力があった場合は警察に相談するなど毅然とした対処が必要である。
歯科医師は誠実に診療を行う義務があるが、患者にも誠実に治療を受ける義務がある。「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」(医政発 1225 第 4 号令和元年 12 月 25 日厚生労働省医政局長)においても、「診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合には、新たな診療を行わないことが正当化される。」とされている。無断キャンセルを繰り返したり、診療内容と関係内クレーム等を繰り返し続ける、故意に窓口負担を支払わない、などの患者の迷惑行為によっては、診療の基礎となる信頼関係が喪失しているとして、予約を断ったり治療を断ったりしても応召義務違反にはならないと考えられている。
【引用】
「応招義務をはじめとした診察治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」(医政発 1225 第 4 号令和元年 12 月 25 日厚生労働省医政局長)
(2)個別事例ごとの整理
~ 略 ~
医療機関の対応として患者を診療しないことが正当化されるか否か、また、医師・歯科医師個人の対応として患者を診療しないことが応招義務に反するか否かについて、具体的な事例を念頭に整理すると、次のとおりであること。
~ 略 ~
① 患者の迷惑行為
診療・療養等において生じた又は生じている迷惑行為の態様に照らし、診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合(※)には、新たな診療を行わないことが正当化される。※ 診療内容そのものと関係ないクレーム等を繰り返し続ける等。
② 医療費不払い
以前に医療費の不払いがあったとしても、そのことのみをもって診療しないことは正当化されない。しかし、支払能力があるにもかかわらず悪意を持ってあえて支払わない場合等には、診療しないことが正当化される。
具体的には、保険未加入等医療費の支払い能力が不確定であることのみをもって診療しないことは正当化されないが、医学的な治療を要さない自由診療において支払い能力を有さない患者を診療しないこと等は正当化される。また、特段の理由なく保険診療において自己負担分の未払いが重なっている場合には、悪意のある未払いであることが推定される場合もある。
2)放置しない:過去に暴言や暴力、執拗なクレームなどの問題行動があった患者について、勤務医、歯科衛生士、受付が話し合って、二度と来院させたくない患者とその理由をリストアップし、診療を継続するか、以後の診療をお断わりするか、転院させるか、など対応を決めて計画的に排除するのだ。
3)安全対策を実施する:防犯カメラを患者から目立つ位置に設置しておけば、暴言や暴力行為の抑止力になる。電話は録音ができる装置を付け、会話が録音されていることを案内に入れておく。警備会社と契約して受付カウンターの下に緊急ボタンを設置し、受付が膝を上げれば押せるようにしておくと、非常時にガードマンが5分ぐらいで駆けつけてくれ、状況によっては警察に連絡してくれる。
4)受付に消火器を複数本設置し、消防訓練を実施しておく:消火器を受付や待合室の分かりやすい場所に複数本設置しておく。また消火訓練を行っておく。ガソリンの量によっては初期消火ができる可能性がある。
5)避難器具を設置しておく:高層階で入り口の他に避難経路がない場合は、最寄りの窓に避難梯子や緩降機などの避難器具を設置しておく。そして、窓を開けてすぐに降りられるように訓練しておく。
6)避難訓練を実施しておく:歯科医院では、患者がユニット上で治療をうけているため、応急処置をしたうえでユニットを下ろして避難誘導する必要がある。日頃から訓練しなければ、手間取って被害が大きくなる可能性がある。また非常口や避難経路、避難器具も訓練して使えるようにしておくことが必要である。
歯科医院でもささいなことで患者から恨まれてしまうことがある。医院には勤務医やスタッフに対する安全配慮義務があり、患者さんの安全を守る義務も負っている。問題患者に対する対策を進めていただきたい。
以上