病医院経営の今をお伝えするコラム
【地域医療の未来を拓くコラム】競争から「共創」へ――他県が驚愕する熊本県医療法人協会事務長会の「オープンなネットワーク」とは
医療機関を取り巻く経営環境が厳しさを増す現代、1つの病院だけで課題を抱え込み、解決することは限界を迎えています。
こうした中で、「ライバルに手の内を明かす」という究極の情報共有と強固な絆を武器に、地域全体で医療を守る画期的なプラットフォームが存在します。
それが、昭和55年(1980年)に発足した「一般社団法人熊本県医療法人協会 事務長会」です。
現在、熊本県全域の79病院を網羅するこの組織は、単なる親睦団体にとどまらず、次世代の病院経営者を育成し、有事にも機能する「共創のエコシステム」を構築しています。
医業経営コンサルタントの視点からも非常に示唆に富む、その3つの特徴と取り組みに迫ります。
【特徴1:他県では考えられない「オープンな共創」と機密データの共有】
一般的な医療界では、他院は患者を奪い合う「ライバル」であり、自院の経営データやノウハウは秘匿すべきものと考えられがちです。
しかし、熊本県事務長会では「競争を捨て、共に生き残るための共創」をコアコンセプトに掲げています。
その象徴となるのが、次世代を育む3つの柱の1つである「施設概況経営調査」です。
これは単なるアンケートではなく、以下のような経営の根幹データを互いに丸裸にする最強のベンチマークツールです。
〇施設概況調査
〇病院経営状況調査
〇各種維持管理費
〇施設基準・加算状況
〇職種ごとの人件費・手当
〇働き方改革の進捗(有休取得率、離職率等)
後継者や若手スタッフは、決算書や財務諸表と向き合い、この泥臭い「調査票作成」の苦悩と理解を経験することを通じて、数字へのアレルギーを消滅させ、経営指標を読み解く「叩き上げ」の経営視点を覚醒させていきます。
【特徴2:若手を主役にする「育成のエコシステム」と5つの分科会】
事務長会では、次世代リーダーの成長ステップ(交流 ➔ 自信 ➔ 視座 ➔ 牽引)が仕組み化されています。
毎年8月に開催される「病院事務管理研究会」は、300人超が参加し、約15の演題が発表される年間最大の舞台です。
若手事務職員が日頃の課題解決を発表し、他院の成功事例を共有して刺激を受け合います。
さらに、参加者アンケートで選出された「深掘り希望演題」についてさらに詳細なノウハウを質疑応答する「成長のサイクル」が回っており、発表者が将来の事務長を目指す大きなステップとなっています。
また、日常的な課題解決エンジンとして、若手が自ら世話人となりマネジメントする「5つの分科会(勉強会)」が横断的に駆動しています。
1.病院運営勉強会
2.医事課勉強会
3.熊本県病院広報を考える会(「お金を使わず効果的な広報を」を理念に、SNS大賞などの成果を創出)
4.総務・経理勉強会
5.システム担当者会議
これらの部会は、理事長・院長会や看護部長会、薬局長会、栄養士部会、リハビリテーション部会ともシームレスに連携し、職種を超えたネットワークを強固にしています。
【特徴3:有事で真価を発揮する「顔の見える関係」】
平時からの徹底した「情報共有」と「顔の見える関係」は、未曾有の危機において病院を救う命綱(真のネットワーク)となりました。
新型コロナウイルス第一波:県内初の感染者が会員病院で発生した際、事務長会への協力要請により、各院から即座にマスク等の消耗品が集められ支援が行われました。
令和2年7月 熊本豪雨:被災した会員病院で患者の食事が不足した際、即座に事務長ネットワークが発動。各院の備蓄食を少しずつ分け合い、現地へ届ける連携を見せました。
【コンサルタントの視点から:地域医療を守る「熊本モデル」】
「1つの病院で抱え込む時代は終わった。地域全体で医療を守る」――。
自ら足を運び「顔を売る」、そして主体的に「情報を取りに行く」という事務長たちの圧倒的な熱量が、このネットワークを支えています。
熊本県医療法人協会事務長会が体現する「熊本モデル」の本質は、不必要な競争を排除し、地域全体のボトムアップを図ることで、結果として自院の立ち位置を客観視し、共に生き残ることにあります。
地域医療構想や医師・スタッフ不足など、医療機関が抱える経営課題に対して、こうした「組織の枠を超えた共創プラットフォーム」の構築を支援・提案していくことは、我々医業経営コンサルタントにとっても、今後極めて重要なアプローチとなるでしょう。
参考:「一般社団法人熊本県医療法人協会事務長会の取り組み~競争から共創へ。次世代を育むオープンなネットワーク~」、第76回日本病院学会一般口演より(一般社団法人熊本県医療法人協会事務長会会長、成尾整形外科病院理事・事務局長 西村俊也)

