病医院経営の今をお伝えするコラム
管理職の教える技術 ~ インストラクショナルデザインをベースに考える ~
【はじめに】
医療機関では、多岐にわたる研修プログラムが提供され、日々の業務に必要な知識やスキルの向上を図る機会が与えられています。これらの研修プログラムを通じて、多くの医療従事者が自己啓発に励み、より質の高い実践を目指しています。また、医療の現場では相互学習の文化が根付き、知識や技術の共有が行われています。
このような教育環境において人に教えるという場面が数多くあります。
例えば、新人ナースには投薬や排泄援助技術、褥瘡処置など多岐にわたる看護技術を教えます。その他にも、看護記録の書き方や異動時の引継ぎなど、様々な業務内容や教育方法に関する指導が求められます。また、患者に対して病気やインスリンの使用方法などを教える場面などもあります。
しかし、教育の場面が多いにもかかわらず、上手く伝えられないと感じる管理職やプリセプターなどの方も多いのではないでしょうか。
「一生懸命教えたにも関わらず理解されない」、「分かりません、教えてもらっていないと言われた」、「こんなレポートじゃダメだと言われたけど、どこをどう直せばいいのかわからない」などの状況が、この苦手意識を生み出す要因のようです。このように、教える側も学ぶ側も教育に対する苦手意識が生まれることがあるようです。
確かに、誰かに何かを教えるということは手間と時間がかかり難しいように感じますが、「学ぶこと」と「教えること」とは別の課題と捉えてみてはいかがでしょうか。
ほとんどの人は、学校で「学ぶこと」はあっても「教えること」についての教育を受けていないことが一因にあるように思えます。教えることが難しいと感じるのは、“教える技術”を学んでこなかったからだと言えるでしょう。
効果的で効率的に教えることを理解し身につけることができれば、「教える」ということはそんなに難しいことではない、と考えます。
【効果的、効率的に教える技術】
効果的で効率的な教育を行うためには、「インストラクショナルデザイン」という教育工学の手法が有効です。これは、学習者に魅力的な学習環境を提供し、教育プロセスを効率的に構築する方法論です。また、教える側が適切な知識やスキルを伝えるためには、教育科学の理論と実践を組み合わせる必要があります。
教育の時間と手間を考慮すると、効果的な教育手法の選択が重要でしょう。
それなりのスキルを習得するには、多大な時間と訓練が必要ですが、適切な教育手法を用いることで学習効果を最大化できます。その一手法が「インストラクショナルデザイン」です。
私たちが,何か習い事をするにあたって上手く出来るようになるには,大体どれくらいの時間がかかるのでしょうか。
まず、教える側として知っておきたい学習の法則として、「5000時間仮説」や「10000時間仮説」や「10年修行の法則」というものがあります。
何事も一流レベルに熟達するためには、1万時間のトレーニングが必要だということが研究で明らかにされてきましたし、研究者によっては5、000時間(土日に休みを取り、平均1日7時間練習すれば、3年で5、000時間になります)という場合もあります。また10年修行の法則(どんなことでも10年修行を続ければ一流になるという法則です)を提示する研究者もいます。
これらの仮説や法則の意味は、一流になるには少なくともそれくらいの時間をトレーニングにかけなくてはならないということであって、どんなトレーニングであってもその時間をかければ一流になれるということではありません。ただ経験を積むだけでは、高度な専門的知識やスキルは身につかないということです。
また、経験豊富な看護師は、看護学校を卒業して数年の新人看護師と技術力の差はあっても治療の質はそう変わらないという研究もあるようです。これが示唆することは、長く経験を積んだベテランであっても、日々トレーニングをしなければそれ以上のスキルを身につけることはない、ということです。
3年にしても10年にしても長い時間を必要とします。逆に考えれば、3年なり10年なりの時間をかけて訓練を積めば、誰でも一定の技術を身につけることができる、と言えるのではないでしょうか。教える人は、このことを念頭に置いて考えてみる必要があると思います。
【指導の手順と心得】
教える技能を「ブルームの教育目標の分類」に基づいて次の3つの領域に分けて考えることにします。
1. 認知的領域(認知ドメイン:cognitive domain)
2. 情意的領域(情意ドメイン:affective domain)
3. 精神運動的領域(精神運動ドメイン:psychomotor domain)
武道に例えると、「心、技、体」といったところでしょうか。
言い換えれば、
- 認知領域は、「頭」が働く領域で、“知識スキル”に関連します。
- 情意領域は、「心」が働く領域で、“態度スキル”に関連します。
- 精神運動領域は、「体」が働く領域で、“運動スキル”に関連します。
(「ガニエの法則」という学習効果を五つの段階に分類したものもありますが、本コラムではブルームの分類に沿って話を進めます)
以下、上記三つのスキル(認知スキル、態度スキル、運動スキル)の教えるゴールに焦点を充て「教える技術」として簡単に纏めてみました。
【認知スキル】
頭脳(知識)を使うスキル【認知スキル】についての効果的な教え方に関する重要なポイントがあります。
まず、認知スキルの目標は、どのように効果的に思考するかを教えることです。これには、「記憶する」「問題解決する」「話す&書く」というスキルをマスターすることが含まれます。
集中学習よりも分散学習の方が効果的であり、覚える内容と既存の知識を結びつけることで、より効果的に記憶できます。また、相手の学習スタイルを考慮して、教える方法を調整することも重要です。相手が「聴覚型」か「視覚型」かを見極め、適切な方法で教えることが必要です。
さらに、問題解決スキルを教える際には、解き方のパターンを習得させることが重要です。
それは、スキーマ(解き方のパターン)を持っていることが、問題解決能力の鍵となるでしょう。特に、KPT法(キープ、プロブレム、トライ)というスキーマを柔軟に活用できるようにすることが役立と考えます。
文章を作成する際、複数の作業を同時に行う必要があります。
これを教えることは難しいかもしれません。そのため、いくつもの作業を同時にこなす仕事を、段階的なステップに分解して教えることが効果的です。
文章を書く際には、あらゆる文章に一定の型があることを理解させることも重要です。そして、スピーチメモの作成や本番同様の練習を繰り返すことで、スピーチの準備を効果的に行うことができます。
認知スキルを教える際には、効果的な教え方を選択し、相手の学習スタイルに合わせて教えることが重要です。さらに、スキーマや作業の段階化、一定の文章の型についても理解させることで、より効果的な学習が可能となります。
【態度スキル】
態度スキルは、自己の感情を制御し、葛藤に直面した際にも決断力を発揮する能力です。
このスキルは、生まれつき持っているわけではなく、習慣化するためには少しの意志力が必要です。特に夜寝る前は意志力が低下しやすいため、その時間帯にも自制心を保つ訓練を行うことが重要です。
感情に支配されないスキルを身につけることで、自分の期待が裏切られたときに生じるネガティブな感情を理解し、その原因を考えることができます。また、相手に自分の期待や望みを伝えることも重要です。教える立場にある人は、相手のストーリーを引き出し、共に成長するお手伝いをします。
また、質問を通じて相手の視点を理解し、共通のゴールを見つけることが必要です。そして、人は自分の強みや可能性を認められると、モチベーションが高まります。
最後に、会話やコミュニケーションには「ゴール(目標)」、「現実(現状)」、「選択肢(オプション)」、「意志(行動計画)」のモデルを取り入れることで、相手を動機づけ、決意させることができます。
【運動スキル】
身体を使って覚えさせたいときの方法です。
運動スキルを身につける際のポイントは、スモールステップの原則に基づいて教えることです。相手が簡単なステップから始めて、少しずつ複雑で難しいステップに進むことで、成功体験を積み重ねることが重要です。しかし、過度な褒め言葉は避け、行動の現状を的確に伝えることが肝要です。また、失敗した際には叱るのではなく、難しかった点を共有し、次への意欲を引き出すことが大切です。
さらに、教える人と教えられる人の信頼関係は、スモールステップと即時フィードバックを通じて築かれます。そして、やる気を持続させるためには、相手のやる気に繋がる要素を見つけ出し、時には予期せぬサプライズを提供することも有効です。
最後に、自立を促すためには、教える側が責任を持ち続けることが不可欠であり、丸投げや放置は自立を阻害することになります。
【教えることで、あなた自身が成長する】
「身体で覚える“運動スキル”」「頭で覚える“認知スキル”」「心で決断する“態度スキル”」について概観してみました。
教えることは、自己の成長と他者の発展を促す重要な活動です。このプロセスには、身体的な運動スキル、知的な認知スキル、そして心理的な態度スキルが不可欠だということです。
例えば、スポーツのコーチングでは運動スキルが重要であり、学術的な分野での指導では認知スキルが要求されます。また、態度や価値観に関する教育では、態度スキルが鍵を握ります。
教える際には、相手のニーズや状況に応じて適切なスキルを選択し、柔軟に対応する必要があります。教育者は、様々な教授方法を試し、新たな視点やアプローチを探求することで、自身の能力を高めていきます。この過程で、教えることは創造的なプロセスであり、自己表現や問題解決能力を養うことにも繋がるでしょう。
さらに、学んだ知識や経験を他者と共有することは、教える者にとってもっとも重要な役割の一つです。若い世代や同僚に知識やスキルを伝えることで、社会への貢献度が高まります。しかし、教えることは単方向のものではなく、双方向のプロセスであると認識することが重要です。教える者と受ける者は、互いに対等な関係であり、教えられる側も積極的な学習意欲を持っている必要があります。
最後に、教えることの喜びを共有することで、より良い社会を築いていくことができます。教える喜びは、受け取る喜びと同じくらい価値のあるものであり、互いに学び合い、成長し合うことで、より豊かな人間関係が築かれます。
【研修コースを考える】
研修コースは、「ビデオ教材」、「講義」、「ロールプレイ」、「リフレクション」などを組み合わせるて作成すると効果的です。
研修は、単に人を集めて知識やスキルを教えるのではありません。
講師役の方は、参加者の主体的な学びを支援,促進して、参加者同士の相互作用を促すファシリテーションスキルを身につける必要があります。
【研修講師の役割】
*研修を設計する
*ティーチングする
*ファシリテーションする
【研修の基本的展開モデル】
1. 講義 2.ワーク 3.リフレクション 4.ユーズ で構成する。
学んだことが、実際の現場で効果的に適用できるかが重要です。
【研修のコンセプトを明確にする】
なぜこの研修をやるのか、誰のための研修なのかなどを検討するために5W1Hを使う。
1. Why:なぜ研修をするのか
2. Who:誰に対して研修をするのか
3. What:研修で何を目的にするのか
4. When:いつ研修をするのか
5. Where:どこで研修をするのか
6. How:どんな研修をするのか
【研修の形式】
1. リアルタイム型
研修会場、会議室、自宅からオンラインで講義を発信
2. オンデマンド型(非同期型)
ネット上やサーバー上に講義ビデオや課題を配布し、参加者は開催期間中に都合の良いタイミングでアクセスして学習します。
3. ブレンド型
研修の目的や期待する学習効果を考慮に入れて、上記の研修形態を組み合わせて異なる方法を実施します。
4. ハイフレックス型
同じ研修を上記「対面」「リアルタイム」「オンデマンド」の三つのパターンで実施します。研修の様子は録画し、研修時間に参加できなかった参加者に向けて後日オンデマンドで配信します。
研修方法の詳しいガイドラインが、厚生労働省「新人看護職員研修ガイドライン(改訂版)平成26年2月」に出されていますので、参考にしてください。
【おわりに】
本コラムは、教育の理論と実践に基づく効果的な教育手法について概観しました。
教える技術を向上させることで、医療機関における日々の業務だけでなく、職場全体の質の向上に寄与することが期待されます。
教えることは、自らの成長だけでなく、他者の発展にも寄与します。教育プロセスにおいては、相互に学び合い、成長し合うことで、より充実した職場環境を築くことが可能です。そして、インストラクショナルデザインを活用した「プリセプター育成研修」は、教育者自身もさらに深い理解を得ることができ、信頼される存在へと成長することが期待されます。
他にも、様々な研修コースにインストラクショナルデザインをベースに“態度スキル(個人の感情制御)”などの訓練を組み込む事で一時的に留まる研修効果を継続可能な効果的なものにすることが期待できるでしょう。
態度スキルの手法として、自身と他者を「ライフスタイル」の視点から理解することは、自分自身が他者のどのような側面を重視しているのかを理解することが出来るようになります。そして、自分自身をより深く知ることによって回りの人たちと違っていることを認識することが期待できます。所謂、自分自身の私的感覚を明確化することによって、他者と協働するための方法を知り、最終的には自分が生きるための勇気づけになることが出来るようになるからです。
この他にも、“コミュニケーション”について2023年6月28日付けの「管理者としての傾聴と共感のスキル ~アドラー個人心理学の視点~」も参考にしてください。
別の機会に、その実践的な手法について投稿したいと思います。
*ニーズ分析、ゴール設定
*リソース、活動、フィードバックの設計
*評価の設計
ありがとうございました。
認定登録番号 第7785号 藤村徳一
国家資格キャリアコンサルタント
<出典>
インストラクショナルデザイン
※基本的心理欲求とアドラー心理学に基づく感情制御のコース設計
・向後千春教授;早稲田大学人間科学学術院教授
(専門;教育工学、教育心理学、インストラクショナルデザイン、アドラー心理学)
※新人看護師を支援するプリセプター育成のための研修コースの開発と測定
・杉浦真由美准教授;北海道大学大学院准教授教育推進機構オープンエデュケーションセンター
(専門;教育工学,インストラクショナルデザイン,医学・看護教育)
参考出典資料
2014.12.12-2014.12.26、X総合病院、プリセプターシップ経験新人看護師55名、プリセプター55名を対象とした調査結果より
教育実践研究論文;新人看護師を支援するプリセプター育成のための研修コースの開発と効果の測定